子供の生涯は私のせいだと言われた悲しみを念仏宗で

生後半年を過ぎた頃、子供の成長がとても遅すぎることが解りました。そこから療育や検査が始まりましたが、あれから8年経過。娘は未だに立ち上がらず、歩かず、話しもできません。同じ頃に病院で一緒だったお友達がランドセルを背負って登校している姿を見かけると、どうしてこんなととに?と将来を危惧して死んでしまおうかとも思いました。夫の親戚から、うちの家系に障碍者はいないといわれた時と、妊娠中になにかしたんじゃないの?と言われた時は、離婚も考えました。でも夫はその言葉を全く無視し、娘をただ愛して、大切に育ててくれているので、思いとどまっていられました。歩けるようになるかもしれないといわれ、祖母が念仏宗のお寺のお参りに行ってくれたこともあります。念仏宗のお寺はとても大きかったそうで、祖母はきっと歩けるようになるよと娘の足を擦りながら泣いていました。歩けはしませんが、最近はいたずらもしたり、笑ったり、怒ったりと感情の豊かさに溢れています。心配や不安がないわけではありませんが、前ほど未来が怖くなくなっています。

息子の結婚を願って念仏宗に

バツイチの息子は、再婚を望んでいました。仕事を通じて新しい彼女と婚約。最初の嫁は金遣いも荒く、最後は男を作って出て行ったので、今度の彼女は穏やかでよかった。これで息子も幸せになる、と思った矢先、彼女がくもまっか出血で突然死しました。あちらの親御さんとその時、初めてお逢いしましたが、かける声もありませんでした。大人な親御さんで、息子の将来を慮って、葬儀もなにもかもご両親が執り行ってくれました。若い人をやもめ扱いにしたくないと。本当に感謝しました。その時、読経にいらしてたお坊さんが念仏宗だったと記憶しています。なのでお寺の見学に誘われた時、すんなりと参加できました。念仏宗のお寺さんはどこか世界のどこかの仏教徒たちが集まっているかと思うほど、荘厳でした。仏様はいらっしゃるんだな、そう思いました。そこにお参りしたからでもないでしょうが、あれから5年経ち、息子は再婚しました。心のどこかに、婚約者がいることも知った女性がきてくれたのです。